地域とともに子どもが育ち学ぶ環境を

浦安市生まれの浦安市育ちの鈴木教育長。浦安市の目まぐるしい変化の一部始終をみてきたからこそ、子どもたちの変化を敏感にとらえ、柔軟な発想で教科だけでなく総合的な学習や特別活動の充実が図れる環境整備の推進を目指しています。そんな工夫について鈴木教育長にお話を伺いました。

浦安市教育委員会 教育長 鈴木 忠吉氏

日本大学法学部政治経済学科,千葉県立教員養成所を卒業後、浦安市立入船南小学校教頭、浦安市教育委員会教育総務部学務課長、浦安市立明海南小学校長、浦安市教育委員会教育総務部次長兼教育政策課長、浦安市教育委員会教育総務部長、浦安市立入船中学校長を経て2018年より現職。

子どもたちの自主性をはぐくむためのICT

ーー スタンドバイ谷山(以下、T):鈴木教育長はタブレットの活用を以前から考えられていたと伺っています。

鈴木教育長(以下、鈴木氏): はい、GIGAスクール構想が始まる前から考えていました。子どもたちが「自分たちで考えて自分たちで行動を起こす」ことを応援する環境や仕組みが大事だと考えてきました。

たとえば部活の例で申しますと、私は、学校での部活は本来「やりたい、と思っている子どもたちが自分たちで目標を決めて、どうやって運営していくかを学ぶ実践の場」だと思っています。その中で、たとえば、部活の活動時間をどうするのか、試験前の練習時間はどうするのか、そういうことは学校で決めることが多いと思いますが、それでは「先生の部活」になってしまいます。
私が中学校の校長をしていた時には、生徒から校長に練習計画を直接提出してもらっていました。すると「1時間練習時間を延長したい」という申し出があったりします。それに対して、「その1時間で何を練習するのか?」と問うわけです。そうすると具体的な内容を考えて再提出してくる。バレー部のキャプテンと副キャプテンが「中間試験の前だけど、試合があるので練習したい」と言ってきた場合は、「他の部員はどうおもっているの?」と返したら、全員の合意を取り付けてくるんです。そうやって課題解決をする力を身につけていく。そのような教育が大事だと思っています。
当時は、生徒会も自主的に「学校に変えてほしいこと」を提案してきまして、先生方と対話しながら変更を加えていきました。中学生になると十分それだけのことができる。そしてそのベースとなる教育は小学生から始めてもよいと考えています。

余談が長くなりましたが、タブレットは自分で調べて、課題を設定してまとめる、といった力をはぐくむのにとても良いツールだと思っています。当初市で考えていたのは3~4人に1台。これですと、グループ学習が中心になって話し合いをしながら進める環境が作れる。ただ、コロナになって結果的に1人に1台となったわけですが。ですから、せっかくの端末も知識を学ぶため、教科を効率的に学習するためだけに使っているのではもったいない。そうなってしまうと個別学習ではなく「孤立」学習になってしまいます。そうではなく教科横断的な「総合的学習の時間」の文脈で使いこなしていく、という考え方を重視しています。

子どもたちへより社会との接点を

ーー T:総合学習という観点ではどういう試みをされているのでしょうか?

鈴木氏: まずは、先生は子どもたちを育てるのではなく子どもたちが育つ環境を作る、そんな考え方が大事だと思っています。そのためにも地域も巻き込んでいく。子どもたちもずっと教室にいるのではなく、例えば近くの公民館に社会科見学に行ってもいいんですよ。実際に、驚くほどのスキルを持った市民の方々がいたりするんですよ、そういう人から話を聞いたり、タブレット持って写真を撮ったりして。そんな教科や領域を超えた総合教育ができるのではないかと思っています。

ーー T:社会という開かれた環境に触れさせる試みですね。確か、「ふるさとうらやす立志塾(以下、立志塾)」というのを開催されていると伺ったのですが。

鈴木氏: 立志塾は中学生を対象にした活動で、郷土愛を育みながら、地域社会で活躍する未来のリーダーの育成を目的として行っている取り組みで今年で12回目になります。始めた当初は、東北の被災地で県外研修を行いました。10代の感性で復興途中の町をみて、当時の話を高校生や地元の人から直接聞く。そういった体験は得難い。今は東北にはいかなくなりましたが、社会課題に実際に触れ、それらに取り組む人たちと交流をもつことを通じて、多様な人々と協働して課題に取り組むための態度を育成する。結果として、学校のリーダーや、地域や国を担っていくリーダーになってもらえればと思っています。実際に卒業後成人式の実行委員になるなどそれぞれ活躍してくれている子どもたちがいますし、あくまで肌感覚ですが、ふるさと浦安に恩返しをしたいっていう子どもが増えている気がします。うれしいことです。

(立志塾の様子:浦安市提供)

ーー T:総合的学習の時間において新しい企画を考えたり、学校外や地域の中で学んだりすることは皆さん重要と思われているとおもいますが、なかなかそうした時間が取れないのが悩みではないかと思います。

鈴木氏: はい、そういった観点で試行している取り組みがあります。学習指導要領で年間1,015時間(小学4年生以上)が定められています。これを35週で割ると6時間授業が週4日になるわけです。6時間授業をやっていくと大体3時半ぐらいまで子どもを拘束します。その後教師の業務などを実施していると、決められた授業をやる以外の時間がなかなか取れない。ただこの35週というのは夏休みが6週42日間というのを前提にしているわけです。ところが今の子どもたちの家庭は75%が共働きのご両親。夏休みになっても家に大人がいるわけではなく、朝から学童保育に来ている子どもが多い。

であるならば、夏休みを減らして、その分ゆったりしたカリキュラムにするのはいかがかと。東京都の一部の自治体など、すでに実践しているところもありますよね。浦安市では、令和3年から小学校は週27コマ、中学校は週28コマを試行しています。私としてはこの少しできたゆとりの時間で、地域との交流を深めるなどの企画や時間を増やしていきたいと考えています。試行期間に出た改善案などをとりこみ2年たったら正式に導入できるのではと考えています。

子どもの発達に合わせて柔軟な育成体制を

ーー T:既存の制度の中でも工夫の余地があると言うことですね。鈴木さんは小学校のご経験が長いと伺ったのですが。

鈴木氏: はい、5,6年生を長く担当していました。

ーー T:早くから小学校での授業交換、今の教科担任制に近いことをはじめられていたそうですね。

鈴木氏: 小学校は学級担任制で2年持ち上がりが一般的だったんです。学級経営が基本でした。ただ高学年になってくると大人に対して、よい意味で批判的な目、ものの見方を持つようになるんですね。であれば、より多くの大人にふれて多様性を理解することが大きな学びになるのではないかと。そのため、平成5年に6年生の学年主任になったときに、各担任の得意な教科を全クラスに教えあうという「授業交換」を実施したんです。すると、先生は得意な教科に集中できましたし、子どもたちもいろんな大人をみて担任との関係を再構築するようになりましたし、子どもたちが変わる実感があったんですね。今では浦安市下のほとんどすべての学校で授業交換制を取っていますので皆さんメリットを感じてもらっているようです。子どもの成長が変わってきますから学校側も柔軟に対応すべきではないでしょうか。
ただクラス担任を持たず教科のみを教えるというのは、個人的には好ましくないと考えています(特に小学校)。子どもたちは多様です。そのために多様な指導法を身につけていくことが基本です。専門の教科ばかり教えていると自分の教え方が正しいと思いがちなので注意が必要です。

ーー T:こういった授業交換が活きるのは高学年だからこそでしょうか?

鈴木氏: 実は私も、小学校低学年のうちは、保護者との関係や子どもの成長発達からいって、あまり多くの大人が関わらない方がよいのではないかと思っていたんです。ただ低学年の方が、この数10年で環境が大きく変わっています。今では幼稚園でも朝預かりがあって、放課後も預かり保育をやっているので、長時間預かっています。結局、その間複数の先生がみています。保育園はもっと前からそういう体制です。子どもたちは、複数の大人とかかわることにもう十分慣れているんです。それに今は多様な子どもたちが入ってますから、低学年こそ、多くの目で見てあげる効果は大きいのではないかと思うようになりました。実際に1年生から授業交換に取り組んでいる学校もあります。

園・小・中連携について

ーー T:子どもたちをしっかり見ることで、固定概念をかえて必要な変化を起こされてきたんですね。

鈴木氏: 実は、日本の義務教育の6・3制もすこし疲弊してきていると思っています。子どもの実態とずれが出てきているのではないでしょうか。先ほど申し上げたように小学校高学年はもう中学生に近いところがあると思っています。

私が生まれたころの浦安市は漁師の町で、浦安駅のあたり一帯の集落しかありませんでした。その後新浦安の方に埋立地が広がり、ディズニーランドができ今の浦安市になっているんです。当時のまちづくりの一環として、小学校・中学校が隣接して設置されました。さらに幼稚園もすぐ横に開園していることも多く、園・小・中連携一貫教育が可能な環境が整っているのが浦安市の特徴です。すでに小学校の先生、幼稚園・認定こども園、保育園、中学校の先生たちが互いに保育・授業参観、情報交換を行うことは始まっています。
中には小学校と中学校が廊下でつながっている校舎もあります。そうなると、6・3制の教育の枠組みに捉われない運営がしやすい。先ほど申し上げたように、小学校でも高学年になってくると、2年持ち上がりの担任制はそぐわない気がしています。5・4制とか4・3・2制など変えていってもいいのではないか。たとえば、6年生になったら隣の中学校の校舎で学ぶなんてこともできる。そうやって子どもの発達にあわせてグラデーションで対応する環境をつくっていきたいと思います。

ーー T:まさに9年間を連続してとらえるわけですね。

鈴木氏: そうです。教育はやはり連続性です。一瞬一瞬を大事にしてその一瞬一瞬が繋がっていく連続性が教育。子どもは連続していますから。だからこそある日突然変える、のではなくグラデーションの対応が必要と考えています。そうした柔軟な運用をしていくことが、多様性のある子どもたちへの環境を整える基盤になると考えています。

(小中連携の様子:浦安市提供)

学校教育と社会教育の融合化

ーー T:鈴木さんのお話を伺っていると、「社会」や「地域」への関りに強いこだわりを感じます。

鈴木氏:そうですね。子どもにとって少しでも良い教育を、と考えたときに「学校で学んでいることが何のためになのかをはっきりさせる」つまり「学びが社会生活の中でどこに結びついているのかを意識した教育」が重要だと思っています。

ーー T:同時に、子どもを取り巻く社会環境がものすごく変わってきています。

鈴木氏:そうなんです。私が教えていたころとは社会環境は大きく変わっている。でも学校の中だけにいると意外に気づかないことがあります。私はたまたま浦安市生まれ、浦安市育ちで、若いころから野球協会の役員をしたり自治会やお寺の世話人やら様々な地域コミュニティとの交流をしたりしてきています。そういったところから社会環境の変化に気づいたり、地域と活用する方法をみつけたりできていたのではと思います。また正直、コロナによる環境の変化で改めて考えさせられたこともたくさんあります。

先生方には、そういった環境の変化に敏感になっていただき、授業のやり方や対応に工夫を凝らしてほしいと思います。子どもは一人一人多様です。今はネットで優れた指導案とか参照できるようになっていますが、それだけでは多様な30人にとうてい対応できません。子どもが自ら育つ教育を行うための引き出しを増やしてほしい。そのためにも、園・小・中連携や、授業コマ数の変更など、環境の整備を進めていければと思っています。

ーー T:貴重なお話ありがとうございました。

(鈴木教育長(右)とスタンドバイ谷山)

インタビューを終えて

教育長インタビュー第二回をお読みいただき、ありがとうございます。

今回はインタビューのため、鈴木教育長と直接お会いしました。
鈴木教育長はお会いするとすぐに、浦安市の地図を示しながら、浦安市の歴史や特色を熱心に話してくださいました。その姿を見て、鈴木教育長の浦安市に対する想い、本気で教育を良くしたいという情熱を強く感じました。

そしてインタビューの中でも、昔からの地域と新しい街づくりが行われた浦安市だからこそ必要な取り組みを丁寧になされていることがよくわかりました。

何より、子どもたちや学校の先生が「自分たちで考えて自分たちで行動を起こす」ことを応援する環境や仕組みを大切にしていることが最も印象的でした。自分たちの地域で大切にしたいことを言語化し、取り組まれる浦安市の事例は全国の自治体にとっても良いモデル事例になると思います。

末尾になりましたが、今回ご協力いただきました浦安市教育委員会の皆様、関係者の皆様には心より感謝申し上げます。

-- スタンドバイ 谷山

インタビュー実施日:2023年1月20日
文責:野北 まどか