さいたま市が取り組む多様性を育む教育とICT活用
さいたま市では積極的にICTの活用を推進し、昨年からは不登校支援にも力を入れています。子どもたちの多様性を育むために、既存の枠組みに縛られず新たな発想でチャレンジする細田委員長にお話を伺いました。
さいたま市教育委員会 教育長 細田 眞由美氏
埼玉県立高等学校英語教諭、埼玉県並びにさいたま市教育委員会事務局勤務、さいたま市立大宮北高等学校校長を経、平成29年6月より現職。
文部科学省中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員、経済産業省産業構造審議会イノベーション小委員会委員、国立教育政策研究所評議委員会評議員、文部科学省学校施設の在り方の関する調査研究協力者会議委員、スポーツ審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、などを務める。著書『コロナ禍の学校で「何が起こり、どう変わったのか」』(東信堂)編
200名がつながった、不登校等児童生徒支援センター「Growth(グロウス)」
ーー スタンドバイ谷山(以下、谷山):1人1台端末を活用した不登校支援について教えてください。
細田教育長(以下、細田氏):さいたま市の令和2年度の不登校児童生徒数は、1,401人でした。そのなかでどこの支援にもつながっていない生徒が約450人います。その生徒を何とかしたいと思って、急遽2022年4月から立ち上げたのが、不登校等児童生徒支援センター「Growth(グロウス)」です。1人1台のタブレット端末を活用したオンライン授業をメインにした学びの場です。
最初は、1人、2人でも救われる子どもがいればと思って始めましたが、現在は206名の子どもが参加してくれています。まだ学びたい、という子どもたちがこれほどいたのか、と。やってよかったと思っています。
ーー 谷山:かなり多くの生徒が参加されているのですね。具体的にはどのように運営しているのですか。
細田氏:学年別ではなく小学生と中学生に分けて運営しています。小学生には1名、中学生は2名の教員が担任のような形でかかわっています。朝・昼・帰りにオンラインホームルームを実施し、そこで出欠確認やコミュニケーションを図る活動をしています。こちらも参加は自由ですし、チャットの発言も強制はしません。最初のころは、子供たちは皆、ビデオオフ、音声オフ、チャットへも発言なしで、しばらく、教職員同士だけがチャットのやりとりをする状況が続きました。それでも職員が試行錯誤しながらプログラムを用意し声をかけていくと、少しずつ、チャットしたり顔を出したりできるようになってくるんです。子どもが変わる手ごたえを感じました。
ーー 谷山:実際こちらは急遽始められたとおっしゃっていましたが、始まった経緯を教えてください。
細田氏:以前、大宮北高校の校長をしていた時のことですが、中学校で不登校だった生徒が進学してきました。彼は科学の甲子園ジュニア全国大会に行くほど理数系が得意な子だったので、不登校の特別抜擢のような形で高校の理数系の進学コースに入ってもらいました。ただ残念ながら、続けられずに退学することになりました。当時、かなり引き止めたのですが、力及ばずでした。その彼から、6年後の2021年6月に手紙が届いたのです。「今もひきこもりではあるけど、実はまだ学びたいと思っている。あの時必死に止めてくれた校長が今教育長だと聞いて手紙をだしました」と。それを見た瞬間、私はとにかく全ての子供たちにいろんな学び方ができる、そういう学びを提供していかなければいけない、と強く思ったのです。
その後は、その青年ともう一人、自身が不登校を経験した高校教師を加えて、何度もGrowth(グロウス)に必要なことについて意見交換しました。
ーー 谷山:まさに当事者の意見を反映したセンターなのですね。
細田氏:はい。開始時のフォーラムでは、先ほどの2人の青年にも登壇してもらいました。そういった当事者の話は、保護者の方や学校の先生方の心に響いた様です。Growth(グロウス)を活用してもらう前向きなエネルギーになったと思います。
デジタルの「つながる力」
ーー 谷山:1年を振り返ってどうですか?
細田氏:最初は4、5人参加してくれればと思っていましたが、結果236人参加してくれた。最初は声を出すこともためらう子どもを、この様につなぐ、デジタルにはそのようなパワーがあるということを実感いたしました。一方で、不登校になった理由はそれぞれ違うはずです。すると236人が求めていることは236通りあるのではないかと感じました。子どもたちには、それぞれが必要とするアプローチや支援につなげていきたい。ですから令和5年は、現在のGrowth(グロウス)を一歩進めて、メタバース(仮想空間)上でGrowth(グロウス)校をつくりたいと思っています。
ーー 谷山:メタバース上の学校ですか。各教科の先生がいる、といったイメージでしょうか。
細田氏:少し違います。不登校の子どもたちには大きな不安があります。一方で、それぞれ求めることが異なります。たとえば、「学力をつけたい」、「人間関係作りをできるようになりたい」、「家庭的に生きづらさを抱えている」など。その子たちそれぞれに、「必ずつながる道がある」という安心感をもってもらい、一歩踏み出す勇気を持ってもらう。メタバース上に作るものは、そんなシステムにしたいと思っています。Growth(グロウス)校はその入り口になるイメージです。
教科についてはEdTechをうまく活用したいと思っています。ただ、学びの中心がオンラインになりますので、そうなると生徒をファシリテートしていく人が重要になります。ファシリテーターは必ずしも教員である必要なく、不登校を経験したピアメンターやペアレンツメンターに参加してもらおうと考えています。またそのメンターのスキルアップの仕組みもいれていきます。
大きなプロジェクトになればなるほどこういった仕組みを丁寧に練りこんでいくことが重要だと考えています。
民間のスペシャリストを活用した「さいたま市GIGAスクール構想」
ーー 谷山:EdTechの教材はすでにあるのでしょうか?
細田氏:はい、すでに1,000以上あります。「さいたま市GIGAスクール構想」プロジェクトの際に、民間のITスペシャリストの方たちに参画いただきました。予算が限られていたため副業という形で、インフラ・セキュリティだけでなく、プロジェクト全体の管理やコンテンツ作成にも参加してもらいました。教育については私たち教職員がプロですが、デジタルについてはノウハウがありません。彼らの知見を取り入れて、双方向性や自主的に学べる仕組みなど多数入れたコンテンツにしています。
ーー 谷山:実際に現場ではどのように推進されたのですか?
細田氏:まず、こういった新しい活動には目線あわせが重要です。導入までは、168人の校長と頻繁に意見交換をして、何を目指すべきかの意思統一をしました。そのうえで、教職員約6000人一人一人がITリテラシーを高められるよう、自身のレベルを簡単な調査(CanDo調査)で確認し、そのレベルに合わせた研修プログラムを選択できる形にしました。さらに各校に配置された約800人の「エバンジェリスト(伝道師)」がスキルアップをサポートします。これで各校がICT活用推進にむけて自走できる仕組みを整えました。
ーー 谷山:まさにこの土台があって、Growth(グロウス)の導入につながったのですね。
細田氏:今後はさらに一歩進めて、スクール・ダッシュボードの開発も行っています。成績や出席情報、学習履歴などの様々な教育データを集め、可視化して分析できるものです。こちらも自前主義ではなく、民間企業の力やアカデミアの力を借りています。このダッシュボードを「個別学習計画」へと繋げて、誰一人取り残さない個別最適な学びにつなげていきたいと思っています。
公立の学校教育の強みとは
ーー 谷山:先ほどの206通りの対応を実現するお話ですね。
細田氏:公立の学校教育は、どうあるべきだろうと考えることがあります。その地域で生まれて育った子供たちが、同じ年代で同じ学び舎に集まり、そこの中で様々なことを経験していく。私立学校とは異なり、多様な背景を背負った子供たちが集まる。そんな公立だからこそ、これから必要となる多様性を尊重するリーダーシップやフォロアーシップを育む環境をつくれるのではと思っています。
のためには、不登校の問題とかいじめの問題とかそういう生きづらさを感じている子供たちへの、できるだけ丁寧なサポートと受け入れる器を用意すること。もう一方では、毎日元気よく学校に来ているように見えるけれども、もっとこうしたいとか、もっとこういうチャンスがあったら、という願いをもつ子供たちにも機会を提供すること。この2つの側面が必要だと考えています。
ーー 谷山:先ほどのGrowth(グロウス)も含め、子どもの多様性を生かすための仕組みづくりという点では、教育委員会が果たす役割も大きいのではないでしょうか
細田氏:そうですね。子どもたちには、いろいろな豊かな体験をしてもらいたい、という思いがあります。たとえば、コロナ前からの試みですが高校生をシリコンバレーに連れていく「イノベーションプログラム」というものがあります。10月ころからデザイン思考を学びながら社会課題解決の提案書を作成し、シリコンバレーのスタートアップの社員にプレゼンし評価してもらう。企業にはCSRにもなるということで直接協力を取り付けました。実際にPlug and Play 起業家支援センターを訪問し、本物のベンチャーが資金調達のためのプレゼンをしている様子も見学してきました。このプログラムはあくまで一例ですが、自分たちの手で社会を変えていける可能性があると体感してもらうことが狙いです。今後の民主主義を担う人材として、こういった価値観を学んでもらうことも教育の大事な役割だと思っています。
ーー 谷山:一方で、「親ガチャ」という言葉が流行語になりました。
細田氏:とても悲観的な言葉だと思っています。日本に限らず世界にも貧困、宗教、政治などの問題でままならないことがたくさんあります。でもそこで立ち止まらないで何かすることで人類は前に進んできました。だからこそ、1人では何もできなくても、一人一人が力を出し合ったら何かこの世界を変えていけるかもしれない、ということに気づいてもらいたいと思っています。
これまでも、生徒主導の「校則見直しプロジェクト」を実施してきました。ほとんどの学校で女子生徒のスラックス選択が可能になっていると思います。この考え方はいじめの問題にも重要だと思っています。自分たちの手でいじめをなくしていく、という意識がない限り、大人が何かを言っても本質は変わらないと思っています。そのために子どもと大人が話し合う「いじめ防止シンポジウム」も実施しています。こうした活動で逆に私たちが学ぶことも少なくありません。未来を担っていく人材を育てるのが教育の重要な役目です。その職員である私たちも、一人一人が未来を学んで新しいやり方を実践していく、そうしたマインドセットを大事にしていきたいと思っています。
インタビューを終えて
教育長インタビュー第四回をお読みいただき、ありがとうございます。
さいたま市教育の細田さんのお話の中で特に心に残ったのは、不登校等の児童生徒支援センター「Growth(グロウス)」を立ち上げる過程についてのお話でした。細田さんは、不登校を経験した方々と繰り返し意見交換を行い、当事者の声を反映したセンターを作り上げたということでした。このプロセスは、これから新しく取り組まれる方にとって良いモデルとなると思います。そして、意見交換をされた方が、細田教育長がかつて校長先生だった時に在校していたというお話も伺いました。非常に感銘を受けました。
さいたま市はGIGAスクール構想やイノベーションプログラムなど、独自の取り組みを積極的に推進しています。このような考え方や活動が全国でどんどん広がっていくことを期待します。私たちも今後のさいたま市の取り組みに一層注目していきたいと考えています。
最後になりますが、今回ご協力いただいたさいたま市教育委員会の皆様や関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
-- スタンドバイ 谷山
インタビュー実施日:2023年2月16日
文責:野北 まどか