教育長インタビュー – 松戸市 伊藤 純一氏

松戸市が取り組むいじめ・不登校支援の取り組み

予測困難で変化し続ける社会においても「教育はみんなで」を合言葉に、「みんなで育てる みんなが育つ 松戸の未来」を教育理念としている松戸市。今回はそんな松戸市が注力している教育施策について伊藤教育長にお話を伺いました。

松戸市教育委員会 教育長 伊藤 純一氏

松戸市立小学校・中学校および鎌ヶ谷市立中学校にて教鞭をとり、松戸市教育委員会指導主事等を経て、松戸市立中学校において校長を歴任。 その後、松戸市教育委員会生涯学習本部学校教育担当部指導課長等を経験し、平成25年から教育長に就任。

必要なところに必要な対策を

ーー スタンドバイ谷山(以下、T):伊藤教育長が教育施策を考える際、大切にしていることは何ですか?

伊藤教育長(以下、伊藤氏): 行政では、問題が発生してから解決策を講じるなど、事後「対応」が多く見受けられます。例えば「不登校が増えたのですがどうしますか」、「いじめが増えたのですがどうしますか」というように問題が起こってから対応をしていくことが多いです。しかし私たちは、何かが起こってから対応するのではなく、起こり得る問題を早期に発見し、問題に先んじて「対策」を講じられるような行政でありたいと考えています。

ーー T:松戸市で行っているいじめ問題や不登校支援への対策を教えてください。

伊藤氏: いじめ問題や不登校支援においては、例えばスクールソーシャルワーカーを固定配置にしています。ただし、一律で各学校すべてに固定配置をしているわけではありません。松戸市では、スタッフ制度というものがあります。スタッフ制度というのは、各学校の要望に応じて市から必要な人材を派遣する松戸市独自の制度です。この制度と同じ考え方で、本当に支援が必要な学校にスクールソーシャルワーカーを固定配置するようにしています。固定配置が必要でない学校では、定期的にスクールソーシャルワーカーが巡回していく仕組みとしています。

固定配置によって、学校とスクールソーシャルワーカーとの間で連携がしっかりとなされ、落ち着きを取り戻した学校が増えました。全国に先んじてスクールソーシャルワーカーを固定配置にした効果は大きかったと実感しています。

ーー T:固定配置によって落ち着きを取り戻した学校が増えたということですが、それはなぜでしょうか。

伊藤氏: なかなか学校に来ることができない子どもに対して丁寧なケアをすることができたからだと思います。スクールソーシャルワーカーは、教員やカウンセラーとは異なり、家庭に介入し支援することができます。スクールソーシャルワーカーが児童相談所などの専門部署と連携して対応することで、各家庭が適切な支援を受けることができる。そして学校の先生も学習指導などの学校本来の仕事に向き合う時間が増える。こういった良いサイクルが生まれ、落ち着きを取り戻した学校が増えたのだと思います。

言葉の技術を身につける言語活用科

ーー T:ありがとうございます。松戸市では小中学校で「言語活用科」という特別な科目を設置しているとお聞きしました。どのような活動か、具体的に教えてください。

伊藤氏: 「言語活用科」を始めたのは、平成二十三年度からです。言葉の教育の必要性を感じたきっかけは、当時いじめの事案が増加傾向にあったことでした。いじめが増加している要因を考えたときに、子ども同士でもっとコミュニケーションを適切にとることができれば解決できる事例も多いのではないかと考えました。子ども同士の語彙が少ないために、ちょっとしたコミュニケーションの行き違いですぐに感情的になってしまい、強い者が弱い者をいじめてしまうのではないでしょうか。
そこで、子どもたちにきちんとした語彙を持ってもらう。そして、自分の言葉を相手に伝える、相手の言葉を受け容れる力を身につけてもらう。こういった「言葉の技術を身につける」ことを目的に掲げ、英語と日本語を組み合わせた特別な科目として「言語活用科」をつくりました(図1)。

(図1:言語活用科 概要)

海外では英語分野においてTESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)を積極的に取り入れているところがあります。要するに第二外国語としての英語をいかにして教えるか、レベルに応じてきちんとプログラム化しているのです。例えばフィンランドの国語の授業では、単語が二十個あって、その二十個を使ってなるべく短い論理的な文章を作りなさいというような授業があります。日本の国語の授業ではあまりそういったものはありません。他にもオーストラリアの小学校では、分野ごとに英語の授業が八つなどに分かれています。

日本の小中学校でも国語の授業はあります。しかし、多くの子どもは日本語をある程度自由に扱えているので、国語の授業の中で改めて日本語をきちんと教えるカリキュラムは多くありません。このように「言葉をどのように教えるか」ということについて日本と海外で大きく認識が違うのです。

「言語活用科」では、言葉の技術をどのように身につけるか、また、言葉をどのように教えるかということに課題意識をおき、コミュニケーション能力を中心とした様々な力を育てています。

ーー T:ありがとうございます。現在、考え議論する力を育むことが重視されている中、松戸市では先進的に行われていることがよくわかりました。

子どもたちの居場所づくり

ーー T:松戸市は、不登校支援においても注力されている印象があります。現在、どのような取り組みをなされていますか。

伊藤氏: 松戸市として取り組んでいることは大きく二つあります。一つ目は「ふれあい学級」です。「ふれあい学級」では、さまざまな活動や人とのふれあいを通して、生きる力を育んでいます。不登校で悩む市内の小中学生の子どもたちが平日の日中に来校し、学習活動や学校行事に一生懸命取り組んでいます(図2)。

(図2:ふれあい学級の様子)

二つ目は「夜間中学校」です。松戸市には、みらい分校という夜間中学校があります。中学校を卒業していない、または不登校などを理由に学び直しを希望する満十五歳を超えた子どもたちが夜間に勉強しています。教員もみらい分校で是非教えたいという人が集まっており、生徒と教員が一緒になって本気で学ぶ雰囲気があります
松戸市は、子どもたちにとっての居場所が少ないという課題がありました。そのため、積極的に子どもたちの居場所づくりに力を入れてきました。今後も子どもたちにとって居心地の良い地域をつくっていきたいと考えております。

複数の部署との連携で進める幼児家庭教育

ーー T:ありがとうございます。松戸市では幼児家庭教育にも力を入れていると聞きます。

伊藤氏: おっしゃる通り、幼児家庭教育にも注力して取り組んでいます。松戸市には、公立の幼稚園はありません。したがって、幼児家庭教育に対し教育委員会が関わることは難しい状況でした。一方で、子どもの心身を形成する幼児家庭教育を充実させることはとても重要だと考えております。そのため、松戸市教育委員会は、複数の部署との連携で進める幼児家庭教育に力を入れています。その一つの活動として、東北大学の川島隆太教授と連携し、松戸市版幼児家庭教育パンフレット「まつどっ子 未来のために今」を作成し配布しています(図3)。

(図3: パンフレット「まつどっ子 未来のために今」一部抜粋)

この取り組みを通じて、私たちは脳科学の見地から、子育てに役立つ情報などを伝えています。また、毎年一回川島教授に講演をしていただくなど他にも様々な取り組みを実施しています。
小学校でもいまは特に低学年の指導が困難になっている場面が見受けられます。いじめ問題や不登校支援において、課題解決の手立てを考えると、根幹となる幼保小の連携ないし五、六、七歳あたりの教育のあり方が重要なのではないかと考えております。

ーー T:伊藤教育長の幼児家庭教育に対する高い関心が窺えました。

伊藤氏:

ありがとうございます。松戸市教育委員会として、学校として何ができるかを私たちはもっと考えていく必要があると感じております。他にも、幼稚園や保育園の年長の子どもたちに、小学校で生活してもらうという取り組みを実施しています。年長の子どもたちと小学校の子どもたちが一緒に同じ空間で過ごすだけなのですが、お互いにコミュニケーションを楽しむなど良い効果も見られています。
まだまだ取り組むべきことはたくさんあります。幼児家庭教育はいま最も力を入れたいと感じている施策の一つです。

ーー T:本日は貴重なお話ありがとうございました。

インタビューを終えて

教育長インタビュー第三回をお読みいただき、ありがとうございました。

松戸市で行われている「言語活用科」は、いじめ対策の一環として始まったというお話がとても印象的でした。いじめの対策として、大人による早期発見と早期対応に取り組むだけでなく、子ども同士でいじめの問題を解決する力を育む取り組みを、平成23年から取り組んでいることに松戸市の素晴らしさを感じました。

伊藤教育長はインタビューの中で「起こり得る問題を早期に発見し、問題に先んじて「対策」を講じられるような行政でありたい」と力強くお話しされていました。

スクールソーシャルワーカーの固定配置や子どもの居場所づくりなど、今と未来の子どもたちに必要な対策を、先を見据えて取り組まれていることがわかりました。

これからさらに松戸市がどのような取り組みをされていくのか、さらに注目していきたいと思います。

末尾になりましたが、今回ご協力いただきました松戸市教育委員会の皆様、関係者の皆様には心より感謝申し上げます。

-- スタンドバイ 谷山

インタビュー実施日:2022年12月22日
文責:清水 浩貴