熊本市が取り組むいじめ・不登校の取り組みとICTが実現する新しい学校像

「豊かな人生とより良い社会を創造するために、自ら考え主体的に行動できる人を育む」を教育振興基本計画の基本理念としている熊本市。そのためのツールとしてのICT積極活用を進めています。そんな熊本市のいじめ・不登校対策について遠藤教育長にお話をうかがいました。

熊本市教育委員会 教育長 遠藤 洋路氏

1997年文部省に入省、2002年ハーバード大学ケネディ行政大学院修了、2007年4月熊本県教育庁、社会教育課課長にご就任後、内閣官房知的財産戦略推進事務局総括補佐、青山社中株式会社の起業、法政大学キャリアデザイン学部兼任講師を経て2017年より現職。2022年より兵庫教育大学客員教授を兼任。著書に『みんなの「今」を幸せにする学校』(時事通信社)。

いじめの正しい把握

ーー スタンドバイ谷山(以下、T):熊本市のいじめ対策について教えていただけますでしょうか?

遠藤教育長(以下、遠藤氏): いじめについては、発生とその重大化の事実を正しくとらえることが、適切な対策を行う上で最も重要だと考え、積極的に取り組んでいます。全国的にもいじめの認知件数は増えていますが、これはいじめが増えたということではないですよね。大人が把握できていなかったいじめがようやく認知され始めたと考えています。

熊本市が、いじめの認知件数を増やすために実施している施策は3つです。
1つ目は毎年行う無記名の「心のアンケート」です。ここで「今の学年でいじめられたことがありますか」という質問で、全体としていじめがどのくらいあるかを把握しています。
2つ目は、具体的に個別のいじめを把握しよりきめ細かく対応するための「きずなアンケート(記名/無記名)」で、毎月実施しています。自分や友達がいじめられたり嫌なことをされたりしたら、それを記入してもらい、対応につなげます。
3つ目は、情報共有の徹底です。いじめについて、教員から校長・教頭に、学校から教育委員会にささいなことでもすぐに報告してもらえれば、教育委員会から学校に、カウンセラーを派遣したり相談にのったりといった早期の対応も可能になります。その学校がいいとか悪いとかそういうことではなく、子どもを助けるためには報告と情報共有をして対応することが重要だということを徹底しています。

結果、いじめの認知件数は増えてきています(図表1)。いじめを受けたときには必ず誰かに相談をする、決して1人で抱え込まない、これを学校・教職員が理解してしっかり子どもたちに働きかける。そして子どもたちにもこの考え方を学んでもらう。そういったことも大事だと考えています。

(図表1:生徒1000人当たりの件数)

重大事態の積極的な把握と対応

ーー T:ありがとうございます。いじめに対する感度を上げて積極的に関与していくというお考えがよくわかりました。熊本市では、重大事態の把握にも力をいれられているそうですね。

遠藤氏: 実は重大事態の数は、いじめの認知件数以上に、実態と大きく離れているという問題意識があります。例えば2020年の重大事態は、全国の小中学校で426件、そのうち約7割が2号案件(不登校)で298件です。一方で、いじめは毎年50万件前後、不登校は約20万人います。この数字を考えると、現に起きている重大事態はもっと多いのではないでしょうか。

そのため、熊本市では昨年度から長期欠席(30日以上)された子どもについて本人や保護者にその原因を直接聞くことにしました。そこで「いじめ」という回答だったら、全て重大事態と認定しています。その結果、これまでの年に比べるとかなり多くなりました。実際に、重大事態を積極的に認知することで早期に対応ができて深刻化を防げている、という実感があります。

ーー T:早期発見で深刻化を防ぐ、というのは極めて大事な示唆だと思います。ただ、その後の手続きや対応の大変さも考えるとなかなか積極把握を進めづらいということもあるかと思いますが、熊本市ではどうされたのでしょうか?

遠藤氏: おっしゃるように重大事態は調査や手続きが非常に大変です。でも、現に起きてるわけですよ、重大事態。であればそれに対して適切な対応ができる仕組みや体制をつくるべきだと思っています。毎回ケースバイケースの対応ですと大変ですし対応にばらつきも出ます。熊本市も昨年度から始めたばかりですから、仕組みを作るためにはまず重大事態の対応に慣れていく必要があります。昨年度は、学校、担当課、教育委員会の対応から市長への報告までの流れを1年間かけて試行錯誤しながら作り上げていきました。

適切な対応の実現のためには、報告すると教育委員会に怒られる、のではなくて、報告すると教育委員会が支援してくれる、といった学校との信頼関係が大事です。重大事態は昨年度の全数把握でも各学校にとっては、10年に一遍あるかないかぐらいの話なんです。だから対応が慣れないのは仕方ない。一方、教育委員会では熊本市中の案件が集まってくるので一定のパターンも見えてきますし、だからこそ適切な支援も提供できるようになります。結局子どもにとって何が最善か、今一番幸せになれるような仕組みを大人が協力し合ってどう作るのかということが大事なんだと思います。

また、学校関係者だけでなく、例えば政治やメディアにおいても重大事態が多いことがけしからん、ということでなくてそれだけ早期対応ができている、と受け止めてもらえたらと思います。いじめの認知件数と同じです。

不登校にICTが果たす役割とは

ーー T:教育委員会が学校を「管理する」のではなく「支援する」という形が明確であるというのが素晴らしいと思います。この不登校への対策にはICTを積極的に活用されているとのことですが、いかがでしょう。

遠藤氏: コロナが始まった2020年に3カ月ほど臨時休校をしました。これは全国的な動きだったと思いますが、この間オンライン授業を実施しました。すると、このオンライン授業でこれまで不登校だった子どもたちが、オンラインで授業を受けたり、経過観察を受けたりすることができる割合がとても高いということがわかったんです(図表2)。

(図表2)

その結果を受けて昨年度から「フレンドリーオンライン」というプログラムを実施しております。
まず、拠点校から全市立小中学校の不登校の子どもに対して、学習の支援を行う体制を作りました。まずは、Zoomやロイロノートなどを活用して双方向の授業を行います。
次にアプリを使った個別最適な学習を実施しています。自分のペースに合わせてレクチャーを聞き、ドリルを解くことでその結果をAIが分析し、躓いているところに合わせて問題を出します。
他には、リアルな体験をしてもらうために、熊本城とか、動植物園とか美術館など社会に出ていくわくわく学習や、個別にスクールカウンセラーなどとの相談ができる仕組みがあります。教育委員会に直接申し込める仕組みで昨年度は約180名が参加しました。

ーー T:大変充実したオンラインプログラムだと思うのですが、逆に学校へ足が遠のいてしまう子が増えてしまう心配はないのでしょうか?

遠藤氏: まずは不登校支援の一番の目的は社会的な自立だという点を確認する必要があります。登校すること自体が目的なのではなく、その子どもが立派な大人になるということが目的ですから、そのために何が最善かということだと思います。だから、タブレットを使っていつでも先生とお話ができ、クラスメイトと話ができる、という学校とつながれる環境を作っておく。不登校になりやすくなるという懸念もわからなくはありませんが、一方で学校に戻りやすくなるという面もあります。やはり社会的な自立のためには、孤立することが一番よくないので学校から足が遠のかない環境を作る、そのツールの一つとしてICTがある、そういうイメージです。

遠藤氏: 私達は学校を運営する側ですから、みんなに学校に来て欲しいと思っています。ただ子どもとしては、私達に忖度して学校に来る必要はありません。私も今、家からリモートでインタビューをうけていますけど、だから私が仕事してないことにはならないわけですよね。同じように登校と不登校の境界は不明確になってきていると思います。ですからみんな来られるように学校をより魅力的なものにすることと、学校に行かない場合の環境をよりよいものにすること、この両方が必要だと考えています。

ICTとこれからの学校像

ーー TT:ICT化を全校で進めていくための工夫はどのようなものでしょうか。またICT化が進むことで学校像はどのように変わるとお考えでしょうか?

遠藤氏: 熊本市では、ICTは教師主導型の授業から子ども主体の対話的な授業にしていくための手段だということを徹底しています。つまり目的は授業の改善なんですね。例えば子どもたちが自ら課題を発見し、それを解決するための知識を学ぶ。そして共同作業で1つの発表を作り上げて、みんなで共有して最後振り返り、次の課題につなげる。そのすべてで子供が主役のプロセスを支えるツールがICTであると。そのため教育委員会からの積極的な支援策として学校の先生方の要望に沿ってデジタル教材を開発するということもやっています。完全オーダーメイドです。学校からこういう教材を作ってほしいという要望があれば、教育センターが作成する。また各学校でどんなアプリを使ってどのくらいICTを活用しているかということも常にモニターをして、学校間の格差が生じないよう、必要な学校に重点的に指導主事などが行って授業のやり方も含めてサポートしています。

さらにICTの活用が進むと、タブレットを1人1台持っていて、それを家に持ち帰りいろんなところに持っていくことが当たり前になる。こうなると、例えば家にいてもフリースクールにいても別の場所にいても、タブレットで学校の授業を受けたり、元々のクラスの子どもたちと交流したりすることもできるわけです。日本語が苦手な子どもにとって、一部の科目は日本語の学習サポートを受けつつ、別の科目はみんなと一緒に参加するということもやりやすくなります。
つまり従来の学校になじみにくい子どもたちも含めて、学習保障の場が拡大・融合し全ての子どもたちが参加できる学校になっていくわけです。熊本市は、このような学校像をICT活用によって実現したいと思っています。

ーー T:貴重なお話ありがとうございました。

インタビューを終えて

教育長インタビュー第一回をお読みいただき、ありがとうございます。

熊本市教育長の遠藤洋路さんとは、今回の企画で初めて直接お話させていただきました。今年5月に、遠藤さんの著書『みんなの「今」を幸せにする学校』を読み、特にいじめの重大事態の対応に感銘を受け、直接話を伺いたいと強く思いました。そして熊本市に直接ご連絡をしたところ、すぐにご快諾いただき実現しました。そのため私自身この日が来るのを楽しみにしていました。

 いじめ対策のお話の中では、重大事態の把握を積極的に行う取り組みが最も印象に残りました。直接お話を伺う中で、その背景にはできる限り早く苦しんでいる子どもを支援したいという遠藤さんや熊本市教育委員会の皆様の想いがあることを感じました。不登校支援においても子どもの「今」を第一に考えた上で様々な取り組みがなされていました。熊本市の取り組みが熊本市だからできる、ではなく、どの自治体でも広がるように、今後も注目しまたいつか皆様に記事を届けられたらと思います。

末尾になりましたが、今回ご協力いただきました熊本市教育委員会の皆様、関係者の皆様には心より感謝申し上げます。

-- スタンドバイ 谷山

本記事は2022年8月23日開催のオンラインイベント「誰一人取り残さない、いじめ対応・不登校支援を考える」の内容を抜粋編集したものです。
文責:野北 まどか